一番読みやすい副詞の位置はどこ?
文を書いていて、副詞の位置に迷われたことはないでしょうか?例えば「4月に」という副詞は、
(a) 4月に友人が新車を買った。
(b) 友人が4月に新車を買った。
(c) 友人が新車を4月に買った。
のように、どこに置いても文の意味は正確に伝わります。意味的にも文法的にも、どれも間違ってはいません。ただ日本人であれば、特に文章を書くことを仕事にしているライターや作家であれば、どの位置が最適なのか、そのわずかな違いが気になる人も多いのではないでしょうか。
今回の記事では、そんな「副詞の位置問題」について、読者の視点から調べた研究論文をご紹介します。
「文解析実験による日本語副詞類の基本語順の判定」小泉・玉岡(2006)Cognitive Studies, 13(3), 392-403.
実験方法
実験では、上記の例のように副詞の位置だけを変えた3種類の文を多数用意して、どの位置が被験者(読者)にとって最も読みやすいかを判定しました。被験者は広島大学の学部生・大学院生、合わせて24名で、全員日本語を母語としています。
3種類の副詞の位置は、次のように言い表すことができます。
- 上の例文aのように、副詞を主語の前に置いた場合
- 上の例文bのように、副詞を主語と目的語の間に置いた場合
- 上の例文cのように、副詞を目的語の後ろに置いた場合
これらの文はすべて意味的には誤っていません。そこで、「混ぜ物」(論文中ではフィラー文と呼ばれています)として、「和子に健二が大学を落とした」「田中さんが新しい論文に引っ越した」のように意味的に誤った文も用意されました。
このような副詞の位置が異なる文や意味的に間違っている文が、次々にコンピューター画面に1文ずつランダムに表示されていきます(各被験者につき合計158文)。例文のようにa、b、cと順に表示されるわけではありません。
被験者はコンピューター画面に表示された文が日本語として正しいかどうかを瞬時に判断し、できるだけ早く正確にキーボードを押して回答します。意味的に誤った文も含まれているため、無条件に早く押せばいいというわけではありません。
評価基準は、被験者が回答に要した時間(反応時間)と、誤った回答をしないかどうか(誤答率)でした。つまり、副詞の位置によって文章を理解するのに必要な時間や理解度がどのように変わるかをテストしたわけです。
当然、副詞の種類(意味、使われ方)によっても最適な位置は異なることが予想されるので、今回の論文の著者たちは、副詞を「陳述の副詞」「時の副詞」「様態の副詞」「結果の副詞」の4種類に分けて評価しています。
では、それぞれの副詞について結果を見ていきましょう。
陳述の副詞
実験では、次のような陳述を表す副詞を使用しました。
「あいにく」「さいわい」「当然」「もちろん」「むろん」「偶然」「じつは」「たぶん」「おそらく」「やはり」「どうも」「なんでも」「まるで」「要するに」「つまり」「運悪く」「不幸にも」「驚いたことに」「残念ながら」「運良く」「明らかに」「表向きは」「名目上は」「まずいことに」
副詞だけを見ても使い方が分かりにくい語もありますが、詳しくは論文をご参照ください。
実際に実験で使われた文をいくつか例として挙げておきます。副詞の位置だけを変えた3パターンの文です。
(a) あいにく太郎が学校を休んだ。
(b) 太郎があいにく学校を休んだ。
(c) 太郎が学校をあいにく休んだ。
(a) 当然健二が荷物を引き取った。
(b) 健二が当然荷物を引き取った。
(c) 健二が荷物を当然引き取った。
(a) おそらく健二が資金を出すだろう。
(b) 健二がおそらく資金を出すだろう。
(c) 健二が資金をおそらく出すだろう。
(a) 不幸にも順子が右足を骨折した。
(b) 順子が不幸にも右足を骨折した。
(c) 順子が右足を不幸にも骨折した。
(a) 表向きは友子が訴えを取り下げた。
(b) 友子が表向きは訴えを取り下げた。
(c) 友子が訴えを表向きは取り下げた。
繰り返しになりますが、実験では3パターンの文が並べて書かれているわけではありません。事前に用意された158の文がランダムに1文ずつ画面に表示されます。
いかがでしょうか?ここで一旦止まって、(a)(b)(c)のうち、自分ならどれが最も読みやすいか考えてみましょう。あるいは「自分ならこう書く」というのをイメージしてみてもいいかもしれません。
実験結果としては、副詞を主語の前に置くと被験者の反応時間が最も短く、誤答率が低かったそうです。 (a)の文章が最も読みやすいということですね。 逆に最も読みにくいと判定された(反応時間が長く、誤答率が高い)のは、副詞を目的語と動詞の間に置いた文(例文のc)でした。
時の副詞
時を表す副詞として、次のような語を使ったそうです。
「昨日」「今日」「明日」「おととい」「あさって」「去年」「今年」「来年」「先週」「今週」「来週」「半年後」「その頃」「昔」「いずれ」「もうすぐ」「これから」「さきほど」「のちほど」「5月に」「3時に」「午前中に」「夕方」「朝早く」
実験で使われた文をいくつか例として挙げておきます。
(a) 昨日太郎が花瓶を壊した。
(b) 太郎が昨日花瓶を壊した。
(c) 太郎が花瓶を昨日壊した。
(a) 先週健二が卒論を提出した。
(b) 健二が先週卒論を提出した。
(c) 健二が卒論を先週提出した。
(a) いずれ健二が家を継ぐ。
(b) 健二がいずれ家を継ぐ。
(c) 健二が家をいずれ継ぐ。
(a) これから順子がコーヒーを入れる。
(b) 順子がこれからコーヒーを入れる。
(c) 順子がコーヒーをこれから入れる。
(a) 午前中に友子が庭を掃除した。
(b) 友子が午前中に庭を掃除した。
(c) 友子が庭を午前中に掃除した。
いかがでしょうか?ここで一旦止まって、(a)(b)(c)のうち、自分ならどれが最も読みやすいか、自分ならどう書くか考えてみましょう。
実験結果としては、副詞を主語の前に置いた場合と、主語と目的語の間に置いた場合が、被験者の反応時間が短く、誤答率が低かったそうです。この両者の間には統計的な有意差はありませんでした。 (a)または(b)の文が読みやすく、(c)が最も読みにくいということです。
様態の副詞
様態を表す副詞としてテストされたのは次のような語です。
「ゆっくり」「ちびちび」「こっそり」「そっと」「もりもり」「さっさと」「テキパキ」「ペラペラ」「せっせと」「ころころ」「すばやく」「ポキっと」「きっぱり」「こわごわ」「ぼんやり」「じっと」「のんびり」「さらりと」「どんどん」「難なく」「うまく」「のろのろと」「熱心に」
実験で使われた文をいくつか挙げてみます。
(a) ゆっくり太郎が新聞を読んだ。
(b) 太郎がゆっくり新聞を読んだ。
(c) 太郎が新聞をゆっくり読んだ。
(a) こっそり健二が玄関を開けた。
(b) 健二がこっそり玄関を開けた。
(c) 健二が玄関をこっそり開けた。
(a) さっさと和子が仕事を片付けた。
(b) 和子がさっさと仕事を片付けた。
(c) 和子が仕事をさっさと片付けた。
(a) すばやく順子が服を着替えた。
(b) 順子がすばやく服を着替えた。
(c) 順子が服をすばやく着替えた。
(a) 熱心に和子が憲法を研究した。
(b) 和子が熱心に憲法を研究した。
(c) 和子が憲法を熱心に研究した。
それでは再びここで一旦止まって、(a)(b)(c)のうち、自分ならどれが最も読みやすいか、自分ならどう書くか考えてみましょう。
実験の結果、(a)が最も読みにくく、(b)と(c)の間に統計的な有意差は見られませんでした。様態を表す副詞は主語より後ろで、目的語の前または後ろに置いたほうが読みやすいということです(ただし、下の「まとめ」に書きますが、(b)と(c)の間には若干の差があります)。
結果の副詞
最後に結果を表す副詞です。次のような語についてテストされました。
「こなごなに」「白く」「かちかちに」「ペシャンコに」「細かく」「真っ二つに」「細く」「星形に」「ばらばらに」「U字型に」「三つに」「栗色に」「人肌に」「柔らかく」「真っ黒に」「かたく」「パリパリに」「びしょびしょに」「平に」「どろどろに」「カリカリに」「熱く」「まるく」「ピカピカに」
実験で使われた文をいくつか挙げます。
(a) こなごなに太郎がグラスを割った。
(b) 太郎がこなごなにグラスを割った。
(c) 太郎がグラスをこなごなに割った。
(a) 細かく順子が氷を砕いた。
(b) 順子が細かく氷を砕いた。
(c) 順子が氷を細かく砕いた。
(a) 真っ二つに和子がレンガを割った。
(b) 和子が真っ二つにレンガを割った。
(c) 和子がレンガを真っ二つに割った。
(a) 柔らかく次郎がご飯を炊いた。
(b) 次郎が柔らかくご飯を炊いた。
(c) 次郎がご飯を柔らかく炊いた。
(a) カリカリに健二がベーコンを焼いた。
(b) 健二がカリカリにベーコンを焼いた。
(c) 健二がベーコンをカリカリに焼いた。
それでは再びここで一旦止まって、(a)(b)(c)のうち、自分ならどれが一番読みやすいか、自分ならどう書くか考えてみましょう。
実験の結果は様態の副詞の場合とほとんど同じで、(a)が最も読みにくく、(b)と(c)の間に統計的な有意差は見られませんでした。様態を表す副詞と同じように、結果を表す副詞も目的語の前または後ろに置いたほうが読みやすいということです(下の「まとめ」に書きますが、(b)と(c)の間には若干の差があります)。
まとめ
実験の結果をまとめると、読者が最も早く正確に文を理解できるようにするためには、
陳述の副詞・・・主語の前
時の副詞・・・主語の前または後ろ、目的語の前
様態の副詞と結果の副詞・・・主語の後ろ、目的語の前または後ろ
に置くのが良いということです。
論文中では統計解析の結果にもとづいて、このような結論を出していますが、単純に平均値だけを見ると、
様態の副詞・・・主語の後ろ、目的語の前
結果の副詞・・・主語の後ろ、目的語の後ろ
が最も読みやすかったとも言えます(反応時間が早く、誤答率が低い)。目的語の前か後ろで迷ったときは、そのように配置するといいでしょう(ただし、論文ではそこまで言及されていないので、判断はお任せします)。
論文中にある結果の一覧表を貼っておきます。
今回取り上げた実験では、本記事で示したように、テストに使われた文はかなり短い、単純なものでした。文が長く複雑になると、上のような単純なルールが適用できないこともあるかもしれませんが、一つの目安として覚えておくと良いでしょう。
この記事を書いた人
田中泰章 博士
Yasuaki Tanaka Ph.D.
プロフィール
環境問題や教育制度などについて広い視点から考える自然科学者。2008年に東京大学大学院で博士号(環境学)を取得した後、東京大学、琉球大学、米国オハイオ州立大学、ブルネイ大学など、国内外の大学で研究と教育に約15年間携わってきました。これまでに30報以上の学術論文を筆頭著者として執筆し、国際的な科学雑誌の査読者として多数の論文審査も行っています。
アカデミックラウンジでは、
論文の作成やデータ解析、
研究計画などに関する
ご相談を承っております。
サービス案内
お問い合わせ
お見積もりやサービス内容へのご質問など、
お気軽にお問い合わせください。
contact@academiclounge.jp