論文・レポートがうまく書けないとき:書き方より内容が大切
以前の記事で入試の小論文対策について書いたときに、「書く力も大切だけど、それ以前に基礎知識や読解力が大切」ということを解説しました。
それに関連して、今回の記事では入試の小論文だけでなく、卒業論文や一般的な研究論文、研究計画書や研究費の申請書など、あらゆる学術的な文章に共通することとして、「書き方より内容が大切」というテーマについて書いてみたいと思います。
技術より内容が大切
「技術より内容が大切」というのは、『わかりやすい文章の書き方』(内田治、2023年)の中の一節です。さまざまな文筆家の言葉を引用しながら、書くテクニックよりもまず内容が大切だということがまとめられています。いくつかピックアップしてご紹介します(太字は『わかりやすい文章の書き方』原文のまま)。
私は児童の綴り方も好んで読む。稚い文章であろうとも、そこには文章のうぶな魂が生きている。/文章の秘密は、技巧よりも情熱、姿よりも心といえるのであろう。(川端康成『新文章讀本』)
ことばの表現は心であって、技巧ではない。胸の思いをよりよく伝えるには技術があった方がよい。しかし、この順序を間違えないことである。心のともなわない技巧がいくらすぐれていても、ことばの遊戯に終る。ことば遊びが目的の場合は別として、ひとの心を打つ文章を書くには書く人の心がこもっていなくてはならない。/つまり、文章を書くには、心を練る必要があるということである。(外山滋比古『文章を書くこころ』)
自分に伝えたいことがなければ、書くなどということ自体、成り立たない。だがその一方で、伝える内容が立派なら文章は粗雑でもいい、ということにはならない。この二つを両立させてはじめて、文章の名に値するものができあがる。(千本健一郎『「いい文章」の書き方』)
『わかりやすい文章の書き方』内田治、2023年
このようにいくつかの文章を引用しながら、著者の内田氏は「技術より内容が大切」と考える理由を次の5つにまとめています。
- 「人生観」がしっかりしていないと、読み手を感動させることはできない。
- テクニックだけの文章は存在し得ない。
- テクニックがなければ、なおさら読んでもらえない。
- 内容がなければ書くことなどできない。
- 内容が8割、技術が2割の文章を心がけよう。
各項目について、論文やレポートなどの学術的な文章を書く視点を交えながら咀嚼(そしゃく)してみましょう。
①「人生観」がしっかりしていないと、読み手を感動させることはできない
ここでいう「人生観」とは、自分の意見や考え方、心、信念などのことです。いわゆる「心のこもった文章」ということですね。文章を書くには、まず自分の書きたいことがあるというのが前提で、それがなければ他人の興味を引くような文章を書くことはできません。インターネット上の記事からコピペしたり、AIに作成してもらったりしたような文章では、その人独自の「人生観」が入っていないため、どこかつまらない文章になってしまうということです。
これを学術論文に当てはめて考えてみると、例えば研究の背景として、先行研究の問題・課題を説明する部分では、著者ならではの考え方や見方が表れます。また、研究の結果や考察を経てたどり着いた著者独自の主張が、「結論」に表れます。論文や研究計画書を書くときは、独自の見方をしっかり打ち出すことが大切です。
②テクニックだけの文章は存在し得ない
ここでいう「テクニック」とは、書き方(書く技術)のことです。書き方だけを学んでも文章は書けないという意味ですね。理由は①ですでに説明したように、書きたいことがなければ自分の「人生観」が入らないため、他人の興味を引くような文章にならないからです。
これを研究論文に当てはめるとどうなるでしょうか。テクニックだけの論文、テクニックだけの研究計画書、これらは要するに「独自性のない研究」ということになりそうですね。
③テクニックがなければ、なおさら読んでもらえない
書き方が悪いと、たとえ内容が良くても読んでもらえないということです。このことについて著者がわかりやすい例を挙げていたので、引用しておきます。
料理人と凡人との最も違う点は材料選びにあるという。どのような優れた腕を持つ料理の鉄人でも、いい食材がなければ腕の振るいようがない。一方、生きのいい明石のタイや霜降りの高価な松坂牛、大間のマグロのトロでも、素人にかかってしまえば見るも無惨な結果となってしまう。
これと同じように、文章の優劣の8割がたを決するという内容面で、どれほど優れた主題や材料が選びぬかれていても、2割を左右する技術が伴わなければ、せっかくの素晴らしい素材を生かすことができず、駄文にしてしまうことも珍しくない。同じ素材でも文章力次第で傑作にも駄作にもなってしまう。
『わかりやすい文章の書き方』内田治、2023年
どんなに面白い研究テーマに取り組んだとしても、どんなに興味深い研究結果が得られたとしても、それについて文章で的確に表現する技術がなければ、その研究の素晴らしさを周囲に伝えることはできないということです。その逆も然りで、研究テーマや結果が多少見劣りするものであったとしても、文章力が素晴らしければ、優れた研究に見えることもあります。
④内容がなければ書くことなどできない
これは前述の①や②と重複するので殊更に取り上げませんが、論文に関して言えば、「内容」とは専門分野の知識や自分が得た研究成果のことです。これらがあって初めて、論文やレポートを書くことができます。
⑤内容が8割、技術が2割の文章を心がけよう
総評として、著者の内田氏は「内容が8割、技術が2割」とまとめています。
「8割の内容と2割の技術」−この両面が整ってこそ、自分の伝えたいことが、明確に正確に的確に相手に伝わり、感動させることができる文章を書くことができる。文章は読み手に通じなければ意味がない。「まず内容が大切」と肝に命じよう。それに技術が伴えば、まさに鬼に金棒だ。
『わかりやすい文章の書き方』内田治、2023年
「内容が8割、技術が2割」とのことですが、大学や大学院の入試で小論文を書いたり、研究論文を学術雑誌に投稿したりする場面では、もう少し「技術」の割合が高いと私自身は思います。
例えば、大学入試の小論文問題で、「・・・についてあなたの考えを述べよ」と聞かれた場合、「内容」もさることながら、文章の構成や文法など、書く技術も非常に重要になります。受験生の文章力が、合格レベルに達しているかどうかを見たいからです。どちらが何割とは言いにくいですが、「内容が5割、技術が5割」くらいでしょうか(個人的な感覚です)。
それとは対照的に「内容」の割合が高くなるのが、学術雑誌に掲載するような(査読付きの)研究論文です。そのような論文では、常に研究の新規性や独自性が求められるため、「内容」が平凡だと受理されません。一流の学術雑誌になるほどその傾向は強くなります。これもどちらが何割とは言いにくいですが、「内容が7割、技術が3割」くらいということにしておきたいと思います。
ここで、内田氏の「内容が8割、技術が2割」よりも「技術」の割合を少し高くしたのには理由があります。研究論文の場合、結果の見せ方や構成(ストーリー)の組み立て方など、「技術」で補える部分もそれなりにあるからです。例えば科学系の論文では、グラフや表など、読者が注目する場所を「うまく見せる」技術があれば、多少は読者を煙に巻くことも可能な場合があります。一方、新聞や小説などでは文章が視覚的に単調に並ぶので、「技術」で煙に巻くことは難しく、ほとんど「内容」だけで判断されることになります。
大学入試の小論文と学術雑誌に掲載するような研究論文の中間に位置するのが、大学の卒業論文です。卒業論文では、それにふさわしい研究成果を出していることが合格の条件になりますから、要求される「内容」(学術的な価値、研究成果)の割合が増えます。しかしそうは言っても、大学への提出課題の一つですから、書く技術(論文の構成や言語力)もそれなりに重要視されます。これは「内容が6割、技術が4割」ということにしておきたいと思います。
大切なのは割合の数字ではなく、学術レベルが上がるにつれて「技術」よりも「内容」が重視されるようになるということです。これはもちろん「技術」が不要になるという意味ではなく、「技術」は当然のこととして、それに加えて「内容」が求められるようになるということです。
まとめ
今回の記事では、『わかりやすい文章の書き方』(内田治、2023年)の「技術より内容が大切」という一節について、論文や研究計画書などの学術的な文章を書くという視点から考えてみました。「内容」と「技術」の割合についてケースごとに考察してみましたが、要するに「内容が大切」ということです。論文やレポートの書き方に困っている学生や受験生の方々は、「技術」のほうに目を向けている場合が多いですが、話を聞いていると「内容」が伴っていないケースが多くあります。以前の小論文対策の記事でも書きましたが、論文やレポートの書き方で困っている方は、まずは「自分の現在置」、つまり自分に何が足りていないのか考えてみましょう。
この記事を書いた人
田中泰章 博士
Yasuaki Tanaka Ph.D.
プロフィール
環境問題や教育制度などについて広い視点から考える自然科学者。2008年に東京大学大学院で博士号(環境学)を取得した後、東京大学、琉球大学、米国オハイオ州立大学、ブルネイ大学など、国内外の大学で研究と教育に約15年間携わってきました。これまでに30報以上の学術論文を筆頭著者として執筆し、国際的な科学雑誌の査読者として多数の論文審査も行っています。
アカデミックラウンジでは、
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