日本語論文の校正・添削:無生物主語に注目する

今回の記事では、論文を校正するときのポイントとして、無生物主語に注目したいと思います。
文系・理系問わず、論文のような学術的な文書では無生物主語が非常に多く使われます。「この要因が・・・をもたらした」とか、「この結果が・・・を示す」とかですね。このような無生物主語は、文法としては誤りではないのですが、文が長くなったり内容が複雑になったりすると、読者の理解を妨げる要因となります。
今回の記事では、無生物主語の文を校正する方法を2つご紹介します。必ずしも無生物主語を修正しないといけないというわけではありませんが、「このように書くこともできる」と知っておくと、表現方法の幅が広がるので参考にしてみてください。
今回のポイント
無生物主語の文は、「人を主語にする」か、「自動詞を使う」ようにすると、文章が読みやすくなる。
それでは例文を交えながら具体的に紹介していきます。イメージしやすいように、例文はなるべく短めで平易なものにしています。
人を主語にする
高校時代に読了した一冊の哲学書は、彼に多大な影響を及ぼした。
この文を簡素化すると、「哲学書は彼に影響を及ぼした」となり、「哲学書」が主語(無生物主語)の文です。これを「彼」の立場で考えると、哲学書から影響を受けたということなので、次のような文に書き換えることができます。
高校時代に読了した一冊の哲学書から、彼は多大な影響を受けた。
「(彼は)哲学書から影響を受けた」という、人を主語にした文になっています。
朝から続く激しい雷雨が、夕方に予定されていた野外調査の実施を不可能にした。
この文を簡素化すると、「雷雨が野外調査の実施を不可能にした」となり、「雷雨」が主語(無生物主語)の文です。これを人の立場で考えると、雷雨によって野外調査ができなくなったということなので、次のような文に書き換えることができます。
朝から続く激しい雷雨によって、夕方に予定していた野外調査を実施できなくなった。
「雷雨によって」という理由・原因を示す表現にして、「(私たちは)実施できなくなった」という人を主語にした文に変えました。人を主語にするのにともない、「予定されていた」を「予定していた」に、「実施を不可能にした」を「実施できなくなった」に言い換えています。
勤務先から突然届いた退職勧告の通知は、従業員の心理的動揺を引き起こした。
この文を簡素化すると、「通知は動揺を引き起こした」となり、「通知」が主語(無生物主語)の文です。人(従業員)の立場で考えると、通知によって心理的に動揺したということなので、次のように書き換えることができます。
勤務先から突然届いた退職勧告の通知によって、従業員は心理的に動揺した。
「心理的動揺」という名詞を、「心理的に動揺する」という副詞と動詞に分けるのも一つの校正方法です。
テレビ広告は消費者の購買行動に対して強い影響力を持つことが、先行研究により確認されている。
この文を簡素化すると、「テレビ広告は影響力を持つことが確認されている」となり、文前半の主部(複数の語句が連結して主語としての役割を果たす部分)では、「テレビ広告」が主語(無生物主語)になっています。人の立場で考えてみると、消費者はテレビ広告から影響を受けるということなので、文全体を次のように書き換えることができます。
消費者の購買行動はテレビ広告から強い影響力を受けることが、先行研究により確認されている。
さらに、「強い影響力を受ける」というのは、「強く影響される」ということなので、以下のように書くこともできます。
消費者の購買行動はテレビ広告に強く影響されることが、先行研究により確認されている。
他動詞を自動詞にする
次は無生物主語を受ける動詞に注目して、他動詞から自動詞に変えられるケースをご紹介します。
2020年8月に施行された新たな労働関連法規は、中小企業の雇用形態および労働慣行に顕著な変化を生じさせた。
この文を簡素化すると、「労働関連法規は変化を生じさせた」となり、「労働関連法規」という無生物主語と、「(〜を)生じさせる」という他動詞が使われています。この他動詞を「(〜が)生じる」という自動詞に変えると、次のように文を書き換えることができます。
2020年8月に施行された新たな労働関連法規によって、中小企業の雇用形態および労働慣行に顕著な変化が生じた。
修正後の文の主語は「変化」となり、依然として無生物主語ですが、「労働関連法規は変化を生じさせた」と「労働関連法規によって変化が生じた」を読み比べると、修正後のほうが自然な日本語に近いと言えます。
深夜に発生した大規模な地震は、老朽化した高層建築物の耐震性問題を浮き彫りにした。
この文を簡素化すると、「地震は耐震性問題を浮き彫りにした」となり、「地震」という無生物主語と、「(〜を)浮き彫りにする」という他動詞が使われています。この他動詞を「(〜が)浮き彫りになる」という自動詞に変えると、次のように文を書き換えることができます。
深夜に発生した大規模な地震によって、老朽化した高層建築物の耐震性問題が浮き彫りになった。
修正後の文の主語は「耐震性問題」になり、依然として無生物主語ですが、「地震が耐震性問題を浮き彫りにした」と「地震によって耐震性問題が浮き彫りになった」を読み比べると、修正後のほうが自然な日本語に近いと言えるのではないでしょうか。
高温多湿の環境下で作業を行うことは、熱中症のリスクの増加をもたらす。
この文を簡素化すると、「作業を行うことはリスク増加をもたらす」となり、「作業を行うこと」が主部で、特定の環境下で作業を行うという条件・場合を示しています。また、「(増加を)もたらす」という他動詞が使われています。この他動詞を「増加する」という自動詞に変えると、次のように文を書き換えることができます。
高温多湿の環境下で作業を行うと、熱中症のリスクが増加する。
修正後の文の主語は「リスク」になり、依然として無生物主語ですが、読み比べてみると、修正後のほうが自然な日本語に近いと言えるでしょう。
被験者が十分な睡眠を確保していなかったことが、認知機能に関する実験結果に偏りを生じさせた。
この文を簡素化すると、「確保していなかったことが偏りを生じさせた」となり、「確保していなかったこと」が主部で、確保していなかったという理由・原因を示しています。また、「生じさせる」という他動詞が使われています。この他動詞を「生じる」という自動詞に変えると、次のように文を書き換えることができます。
被験者が十分な睡眠を確保していなかったため、認知機能に関する実験結果に偏りが生じた。
まとめ
今回は無生物主語の文を校正・修正する方法をいくつかご紹介しました。無生物主語の文は、
- 人を主語にできないか
- 他動詞を自動詞に変えられないか
という点に注目してみると、別の文章表現が見えてきます。
記事の最初にも書きましたが、必ずしも無生物主語を修正しないといけないというわけではありませんし、他動詞を自動詞にしたほうが良いというわけでもありません。論文のような専門的な文書では、その分野特有の表現方法や慣習があると思いますので、どのような表現が良いかは状況によって判断していきましょう。

この記事を書いた人
田中泰章 博士
Yasuaki Tanaka Ph.D.
プロフィール
環境問題や教育制度などについて広い視点から考える自然科学者。2008年に東京大学大学院で博士号(環境学)を取得した後、東京大学、琉球大学、米国オハイオ州立大学、ブルネイ大学など、国内外の大学で研究と教育に約15年間携わってきました。これまでに30報以上の学術論文を筆頭著者として執筆し、国際的な科学雑誌の査読者として多数の論文審査も行っています。
アカデミックラウンジでは、論文添削や日本語校正、統計解析などのご依頼・ご相談を承っております。
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