日本語校正・添削のポイント:接続詞を使いすぎない

毎日のように論文を読んだり日本語を校正したりしていますが、よく気になる(目に付く)のは、接続詞がやたらと多い文章です。「また・・・そして・・・なぜなら・・・つまり・・・」のように、次々に接続詞が登場します。場合によっては、ほとんどすべての文に接続詞が付けられていることもあるくらいです。

接続詞は、文章同士のつながりや論理の流れを明確にするためには必要不可欠な場合もありますが、必要以上に使いすぎると、読者にとっては煩わしく、場合によっては稚拙に感じられることもあります。

そこで今回の記事では、どういった場合に接続詞が必要で、どういった場合に必要でないのか、例文を挙げながら簡単にご紹介したいと思います。

日本語論文校正サービス

研究者2人がダブルチェック体制で日本語を校正(添削・校閲)します。誤字脱字や文法ミス、読みにくい日本語を修正するプラン、文脈や論理構成、重複箇所などをチェックし…

主な接続詞(接続表現)

まず主な接続詞・接続表現を整理しておきます(下の表には接続詞だけでなく副詞も含まれるため、ここでは「接続表現」と書いています)。

意味接続詞・接続表現の例
付加そして、それから、また、さらに、しかも、加えて、むしろ
順接したがって、だから、よって、そうなると
逆接しかし、しかしながら、だが、けれども
補足ただし、なお、もっとも、ちなみに、そもそも
対比一方、他方、反対に、逆に
換言すなわち、つまり、いわば、いわゆる
例示たとえば、具体的には
条件もし、仮に、そうなれば、そうであれば
選択それとも、あるいは、または
根拠なぜならば
転換さて、ところで

こうして並べてみると、書き言葉では使うけれども、口語(会話)ではあまり使わないものも多くありそうです。例えば、「そして・・・」とか「また・・・」などは会話の中で使うことはまずありませんよね。その理由は、(1)対面の会話では相手の表情や話している雰囲気が目に見えるため、接続詞を使わなくても話の流れがつかみやすいこと、そして(2)会話では接続詞が文の中に隠れて、表立って見えにくいこと、が挙げられます。

(2)の例を挙げると、「・・・・だけど、・・・・で、・・・だから、・・・」のように文を次々につなげて話したり、「・・・なんだけど、まあ、・・・ということかな」のようにあいまいな表現で文をつなげたりするということです。ここでの「まあ」は、「つまり」や「言い換えれば」を意味しているといえます。

それではここから、接続詞が必要な場合と必要でない場合についてみていきます。

接続詞が必要な場合

次の文章を読んでみましょう。

(a) 努力しても、成功するとはかぎらない。成功した人は、みんな努力をしている。

(b) 努力しても、成功するとはかぎらない。しかし、成功した人は、みんな努力をしている。

『理系の文章術』(更科功、2020年)

もう一つ例文を挙げておきます。

(a) 引越し先を探していたら素晴らしい家を見つけた。周辺の交通量が多いため、購入するのは止めた。

(b) 引越し先を探していたら素晴らしい家を見つけた。しかし、周辺の交通量が多いため、購入するのは止めた。

いずれの場合も、(a)は読みにくく、(b)のほうが読みやすいと思います。理由は、一見すると前後の文が逆の意味を表しているように見えたり、矛盾しているように見えたりするためです。そういうときは、「しかし」や「けれども」のような逆接の接続詞があったほうが、論理の流れが明確化されて読みやすくなります。

接続詞があってもなくても良い場合

続いて接続詞があってもなくても良い場合を見ていきます。

(a) 努力しても、成功するとはかぎらない。成功するには、運も必要だからだ。

(b) 努力しても、成功するとはかぎらない。なぜなら、成功するには、運も必要だからだ。

『理系の文章術』(更科功、2020年)

あとに続く文が前文の主張の根拠を説明しています。この場合、「なぜなら」という接続詞はあってもなくても意味は容易に伝わるのが分かると思います。例文として、上の文章を少し改変してみました。

(a) 努力しても、成功するとはかぎらない。つまり、努力しても失敗することはある。

(b) 努力しても、成功するとはかぎらない。努力しても失敗することはある。

あとに続く文が、前文を異なる表現で言い換えています。この場合も、「つまり」という接続詞はあってもなくても意味は伝わります。

このように、接続詞があってもなくても意味が容易に伝わる場合は、接続詞は省くのがおすすめです。(理由は本記事の後半で説明します)

ただし、「なぜなら(理由・根拠)」や「つまり(換言)」のような接続詞をいつも省いたほうが良いというわけではありません。上の2つは短い例文のため、接続詞はあってもなくても意味が容易に伝わりますが、一般的に文が長くなると文同士の関係性が分かりにくくなります。そのような場合は、接続詞を使って論理の流れを明確にする必要があります。

接続詞がないほうが良い場合

続いて接続詞がないほうが良い場合について見ていきましょう。

(a) 努力しても、成功するとはかぎらない。親切にしても、好かれるとはかぎらない。

(b) 努力しても、成功するとはかぎらない。また、親切にしても、好かれるとはかぎらない。

『理系の文章術』(更科功、2020年)

ここでは同じ形(文の構造や重要度が同じという意味)の2つの文が対等に並んでいるため、付加を表す接続詞として「また」が使われています。付加を表す接続詞は、意味としては非常に弱いものなので、あってもなくても意味はほとんど変わりません。むしろないほうが、余計な語が目に入らなくなる分、読みやすくなるとも言えます。

その極端な例として、次のような文章が挙げられていました。

(a) 僕は朝七時に起きました。それから、外へ出てみると、よく晴れていました。そして、南の丘に生えた松が、青空を背景にきれいに見えました。

(b) 僕は朝七時に起きました。外へ出てみると、よく晴れていました。南の丘に生えた松が、青空を背景にきれいに見えました。

『理系の文章術』(更科功、2020年)

「それから」も「そして」も付加を表す接続詞ですが、このような接続詞が続くと、文章が稚拙で冗長な印象になるのがよく分かると思います。

接続詞はできるだけ少ないほうが良い

接続表現の有無について、更科氏は次のようにまとめています。

このように、接続表現は、ある方がよい場合と、ない方が良い場合がある。困るのは、あってもなくても良い場合だが、そういう場合は接続表現をつけなくてよい。接続表現が少ない方が、文章は読みやすいからだ。(中略)接続表現は少なめにして、しかし大事なところには、きちんと入れる。そして、前後の文をしっかりつなげる。それが、論理展開を明確にするコツである。

『理系の文章術』(更科功、2020年)

「あってもなくても良い場合は、つけなくて良い」という言葉にすべてが集約されていると思います。

少し話が逸れますが、上の文章は読点が多すぎるのが気になりました。私なら、次のように読点も少なめにするかなと思いますが、皆さんはいかがでしょうか。

このように、接続表現はある方がよい場合とない方が良い場合がある。困るのはあってもなくても良い場合だが、そういう場合は接続表現をつけなくてよい。接続表現が少ない方が文章は読みやすいからだ。(中略)接続表現は少なめにして、しかし大事なところにはきちんと入れる。そして前後の文をしっかりつなげる。それが論理展開を明確にするコツである。

読点の場所や数については、文法はもちろんですが、個人の読むテンポ(呼吸)などとも関連しています。これについては別の記事でまとめたいと思います。

接続詞はできるだけ少ないほうが良いというのは、多くの文章家が指摘していることなので、最後にいくつか紹介しておきます。

接続詞をアクセサリーみたいに用いる人をしばしば見かける。(中略)接続詞は読んで字のとおり、文と文、語と語、文と語などをつなぐ品詞なので全く使うなというつもりはないが、頻出すると読むほうは煩わしさを感じる。(中略)/文章を間延びさせる元凶にもなってくる。(大隈秀夫『短くてうまい文章の書き方』)

接続詞はなるべく使わないようにするのが文章の心得である。(中略)/思い切って、つなぎのことばをすくなくすると、文章はきりりと締まる。(外山滋比古『文章を書くヒント』)

接続用語は、もともとは接着剤のようなものだ。まずは、それをできるだけ使わないで済むような家をつくる(文章を書く)ようにしたい。(古郡延治『文章添削トレーニング』)

接続詞は、センテンスとセンテンスの関係を明示しています。接続詞を削るかどうかを判断する場合、削って得られるものと、失われるものとを比較しなければなりません。削って得られるものは、センテンスや文章の短さによる読み手の負担減です。/一方、削って失われるものは、センテンスとセンテンスの関係説明です。/どちらが大きいかによって、削るか削らないかを判断しましょう。(藤沢晃治『「分かりやすい文章」の技術』)

『わかりやすい文章の書き方』(内田治、2023年)

まとめ

今回は接続詞の多用について取り上げました。接続詞は「必要なところだけに使い、あってもなくても意味が伝わる場合は、なるべく省く」というのが今回のまとめになります。自分の文章にどれくらい接続詞が入っているかは簡単に確認できるので、文章を執筆中の方はぜひ一度確認してみてください。

この記事を書いた人

田中泰章

Yasuaki Tanaka

プロフィール

自然の仕組みや環境問題、社会・教育制度などについて広い視点から考える自然科学者。2008年に東京大学大学院で博士号(環境学)を取得した後、東京大学、琉球大学、米国オハイオ州立大学、ブルネイ大学など、国内外の大学で研究と教育に約15年間携わってきました。これまでに30報以上の学術論文を筆頭著者として執筆し、国際的な科学雑誌の査読者として多数の論文審査も行っています。大学教員としては、これまでに40名以上の学生(学部・修士・博士を含む)を研究指導し、若手研究者を育成してきました。専門は「人間と自然とのかかわり」で、人間活動が自然界に与える影響を生物学・化学・社会学などの複合的な視点から研究しています。

日本語論文校正サービス

研究者2人がダブルチェック体制で日本語を校正(添削・校閲)します。誤字脱字や文法ミス、読みにくい日本語を修正するプラン、文脈や論理構成、重複箇所などをチェックし…

論文査読サービス

教員や研究者の論文投稿を支援するサービスです。現役の研究者が査読者目線で原稿を添削し、アドバイスを提供しています。日本語を校正・添削するプランもあります。初回…